熊野三山
2007年5月

一日目 二日目

5月4日

ついに帰る日がやってきてしまった。

・・・・なんて感傷にふける事が出来ないくらい親知らずが痛くなっていた

口も満足に開ける事ができない。

今日は名物を食ってやろうと思っていたのに・・・神様、これはないんじゃないですか??(←無神論者です

兎に角、時間は限りがあるので早速、行動に移るとする。

朝6時半、起床。

軽く顔を洗い、宿の人に挨拶をしてから出発。

それにしても宿の水道水がどうにも合わなかった。なんでだろ・・・。

温泉街の中心地にかかる湯元橋のたもとに湯煙を立ち上らせている源泉の湯筒(ゆづつ)がある。湯筒の湯温は92℃!!地元の人が野菜などを茹でたりするのに利用している。

近くの売店で卵やサツマイモなどが販売されているので、観光客でも利用できる。卵なら10分、サツマイモなら30分ほどで茹であがる。

な〜んて素敵なものがあるため朝食にしようと、昨日は思っていたのだが、親知らずのあまりの痛さのため断念(泣)。

まずは朝風呂だ!!

てことで勝浦にある「ホテル浦島」を目指す。もちろん千葉の勝浦ではございませんよ。

8時に勝浦港に着く。思っていた以上に人がいる。何でも、日帰り温泉の人には無料駐車場があるとネットに載っていたが探せど探せど見当たらない。

仕方なくホテル浦島に電話をしてようやく発見。

<AM8:15 ホテル浦島 駐車場から>

ホテル浦島へはフェリーに乗らないと行けないらしいのだが・・・・近っ!!!

「想像以上に岸に近い。 わざわざフェリーで連れて行くほどの距離か??」

なんて野暮なことは考えるのはよしましょう。

<AM8:30 ホテル浦島 フェリー乗り場>

少し遠回りをして行くって感じだろうか。これはこれでありか。ブツブツ独り言を言いながらフェリー乗り場へ。

日帰り入浴は朝9時から。どうせなら人がいない朝から温泉に入ってやろう(←単なる憶測

と考えていたのだが、既に数人フェリー乗り場にいた。

「君ら早すぎ・・・・。」

ホテル浦島は島(半島?)自体がホテルになっていて、温泉が各所にある。男女合わせて計8箇所在り、男女共に6箇所入れる。

フェリーで10分ほど揺られ、ホテル浦島に着く。

宿泊客と日帰り入浴客でロビーはごったがえしている。しかもかなり広く、縁日のごとく売店が通路の両脇にひしめいている。

フロントで1000円払い、タオルを貰う。

雑誌によく載っている忘帰洞は10時から清掃を始めるため最初に入った方が良い。と言われたので行ってみる。

入り口で忘帰洞のスタンプを押す。

洞窟の中に3つ湯船が在り、洞窟が終わったところに露天風呂が1つある。ただ、人気があるためか9時の時点で15人くらい人がいる。

「おぉ〜 これが忘帰洞か。面白い造りだ。」

一見さんの如くキョロキョロ見回しながら身体を洗い湯船に浸かる。

露天風呂へ行ってみる。

「・・・・・。」

がっかりした。○| ̄|_

潮の香りと波の音が強いため、さぞ露天風呂は海が近いんだろうと思って行くと・・・結構遠い。おまけに湯船に浸かってしまうと海が全く見えない。

「どゆこと?」

周りに人が居たにも拘らず思わず出た独り言。

次は磯の湯に行こうと思いフロントで貰った紙を見ると、

9時から清掃

「・・・・・はい?」

時は既に9時15分。

フロントの人。磯の湯を先に勧めてくださいよ。まぁ、スタンプは押したけど。

気を取り直し、近くにあった洞窟温泉玄武洞へ行くことにする。忘れずに洞窟温泉玄武洞のスタンプを押す。

造りは忘帰洞とほぼ一緒だが、若干狭い感じがあり少し暗い。洞窟内に湯船が1つと奥に露天が1つ。

しかし忘帰洞よりは雰囲気があり、人も少ない。おまけに露天は海がすぐ近くにあり、浸かっていても海が見える!

まあ、露天は宿泊室から丸見えだけど・・・・。

<AM9:20 ホテル浦島 洞窟温泉玄武洞>

次は、なぎさ元湯露天風呂。まずはスタンプ。なんか、これ義務みたいになってきた。

周りは低い柵に囲まれているが、その名の通り全て露天で五右衛門風呂(この表現で合っているかどうか・・・)が5個くらいと普通の湯船が1つ。

かなり開放感があり、なかなか気持ち良い。五右衛門風呂に浸かりながら景色を望むと、柵があるため檻に入れられている錯覚に陥るけど。

5箇所目はフロントに一番近い温泉である滝の湯。ここでもやはりスタンプを押さずには居られない。

・・・・誰も居ない。独り占めだった!貸しきり状態!!ちなみに湯船が1つに五右衛門風呂が1つ。

「これはこれでアリなんじゃ?」

一部工事中だったけど。はぁ〜。

次はいよいよ最後となる山上露天風呂/狼煙の湯。最後のスタンプ!

ここは一番遠かった。洒落にならん。

滝の湯から少し歩くと、なーがーいスカレーターが出現する。

<AM10:45 ホテル浦島 山上露天風呂/狼煙の湯への道>

どうやらこいつで山頂まで連れて行ってくれるらしい。

1つ終わってまた1つ。全部でこの長いエスカレーターが3つもあった。

3つのエスカレーターが終わるとなだらかな上り斜面を5分ほど歩くと、やっと山上露天風呂/狼煙の湯に到着。

露天が2つあり、一番開放感がある温泉だが、それほど広く無い上に人が多い。しかも浸かると景色が全く見えない。

締めとしてはかなり微妙な温泉だった。

ちなみに全てのスタンプを押した紙をフロントで渡すと景品がもらえる。

もらったのはウエットティッシュだった。

・・・・・・・・。

ホテル浦島に関して学んだこと。

1つ、サンダルで行くこと(靴で行ってしまった、サンダルは車の中だった・・・)

1つ、着脱が容易な服装で行くこと

1つ、清掃時間をチェックして、入る温泉の順番を考えること(おかげで一箇所逃した)

1つ、過剰な期待はしないこと(もっと見晴らしが良いものかと・・・)

1つ、移動距離をなめてかからないこと(移動距離をあわせたら1キロ以上・・・温泉入るのに何でこんなに(泣))

1つ、片腹痛い!(・・・・・。冗談です。)

あと少しで正午になるのでホテル浦島を後にし、勝浦港で昼食をとることにした。マグロクジラが有名だから絞り易くてよかった。

マグロの身はもちろん、目玉や内臓などなど珍味を売りにしている竹原まぐろ店に行ってみることにした。

開店前と言うのに10人ほど客が並んでいた。

「お店は何もここだけじゃない。」

と自己解決してもう1店舗気になっていたますだに行くことにした。

行ってみると、ちょうど開店したところで客がまだ一人も居ない。

これ幸いとばかりにとりあえず表のメニュー看板を見ると、味わったことの無い目当てのまぐろユッケ丼(1050円)とまぐろの胃袋(550円)の酢の物がセットで1200円だったのでここに決定した。


<AM11:45 ますだ まぐろユッケ丼と胃袋>

胃袋は歯ごたえがコリコリしていてクセもなく食べ易かった。

まぐろユッケ丼は味が少し濃い目に感じたが大変おいしかった。ほんの僅かな辛味が効いて飽きの来ない味。

お腹が一杯になったところで勝浦港から比較的近い「熊野那智大社」に行くことにする。

車を走らせて一時間もかからない山にあった。

途中に熊野古道(大門坂)があったが、時間が無いため一気に上まで車で行くことにする。

徐々に人や車が増えてきたので危機感を覚え、「那智の滝」入り口から100Mくらい手前の無料駐車場を発見したので其処に駐車。

まずは「那智の滝」を観る前に「熊野那智大社」から攻めることにする。

この時はまだ恐ろしい事が起こるとも知らずに・・・・。

熊野那智大社
熊野三山の一つで熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。
元来は、飛瀧神社がある那智の滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられる。
那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて「那智四十八滝」があり、熊野修験の修行地となっている。
熊野三山の他の2社(熊野本宮大社、熊野速玉大社)では、明治の神仏分離令により仏堂が廃されたが、那智では観音堂が残され、やがて青岸渡寺として復興した。
また、那智山から下った那智浜には補陀落渡海の拠点となった補陀落寺がある。

「那智の滝」入り口の目の前にあるロータリーからお店やら有料駐車場がひしめき合っているが、人の多いこと多いこと。ついでに恐れていた駐車場だが、案の定何処も満車状態で軽く渋滞していた。

少し手前に停めて正解だった。

「熊野那智大社」「那智の滝」よりも上にあるためさらに上へと歩く。表参道裏参道があり、行きは表参道から、帰りに裏参道から行くことにした。表参道は急な階段で出来ていて日頃の運動量を試される。

・・・・・・・・。

はあはあ・・・・・ぜえぜえ・・・・・(繰り返し)

日がカンカンに照っていてこの階段は辛かった。角を曲がったらまだ階段その繰り返し。本気で杖を使いたかった!

しかしこの参道は隙間が無いくらいお土産屋や休憩所が立ち並んでいたので、お土産を買うならここだなと思った。で参拝を済ませたらここで買うつもりだった・・・。

<PM01:30 熊野那智大社 一の鳥居>

ここに来て漸く上が見えてきた。


<PM01:40 左:拝殿 右:社殿>

やっと着いた。ここからの景色も素晴らしく遠くに「那智の滝」が観える。

参拝を済ませ、那智の熊野牛王神符を購入することにする。

ここに来て恐ろしい事が起こった。

「・・・・・あれ? ない。 財布が無い!

ホント参りましたよ。ここまで登ってきてオチが財布を車に忘れてきてしまうとはね。本気でその辺の人にお金を借りようかと思ったくらいで。

で、泣く泣く元来た道を戻って財布を取りに行きましたよ。どんだけ階段が好きなんだ俺は、はあ〜

結局、帰りに使う予定の裏参道から二度目の拝殿を目指すことに。裏参道は均等とは程遠い急な石段だが木陰があり雰囲気が良かった。気持ちに余裕はありませんでしたけどね。

再び拝殿に着き念願の那智の熊野牛王神符を購入!

<那智の熊野牛王神符>

拝殿の脇に一際大きな天然記念物の樟(くす)の大木が茂っている。樹高27m、幹廻り(みきまわり)8.3mの巨木で、根元に人がくぐれる空洞がある。

この樟の木は平重盛の手植えと伝わり、樹齢約800年!

中は空洞化していて、願い事を書いた護摩木を持って入る。

で、

「○×△+※☆#@!!!」

出口の階段で足を滑らせた。肘を思いっきり打った。不吉な!護摩木はしっかり持ってたけど。

痛みに耐えながら拝殿の奥へ進むと青岸渡寺(如意輪堂)が佇んでいた。


<PM02:20 青岸渡寺(如意輪堂)>

重厚で那智大社とは一風変わった雰囲気に包まれている。

本堂外陣にある大鰐口に呆然。こんな鰐口は始めて見た。

<PM02:20 青岸渡寺(如意輪堂) 大鰐口>

大鰐口
天正18年(1590)、本堂(如意輪堂)再建の際、豊臣秀吉公より寄進された日本一の大鰐口。
直径1.4m、重量450s。鰐口にはその再興の趣旨が刻まれている。

さらに奥へ進むと「那智の滝」が徐々に近づいてきた。

<PM02:30 青岸渡寺 三重塔と那智の滝>

「う〜ん。 素晴らしい。」

ここに来ると人がまばらになってきたが、写真を撮る人が多い。それだけ有名なショットだからかな。

「那智の滝」入り口のロータリーに戻る。お次は「那智の滝」を拝みに行く。

<PM02:50 那智の滝 入り口>

参道から既に人がごった返している。GWだから仕方無いか、と納得させ奥へ進む。滝まで思ったより長い道のりだが、滝の音と木々に囲まれて清々しい気分になれる。

那智の滝
日本の滝100選、日本の音風景100選に選定されていて、さらに日本三大瀑布の一つでもある。
一般に「那智の滝」といわれ、「一の滝」といわれるこの滝は、 落差133mの日本一の直瀑!
また、熊野那智大社は那智の滝を神とする自然崇拝からおこった社で、滝には「熊野那智大社別宮飛瀧(ひろう)神社」が鎮座し、大己貴命(おおなむじのみこと)が祭られている。
しかし、神社とはいっても本殿も拝殿もなく、滝を直接拝む形になる。
社殿がないことからもこの滝が御神体であることが分かる。


<PM02:50 那智の滝>

人人人人・・・多すぎ!!

観ていると何故か身体が震えてくる。圧倒されている自分がここに居て感動すら覚えた。

感動に浸りながら次の目的地、「熊野速玉大社」を目指す。

那智山から国道42号へ出るまでの道沿いに黒飴ソフトクリームの文字が!

なんだそれは!? これは食わねばと思い急遽「那智ねぼけ堂」に寄り道して黒飴ソフトクリームを食す。

ちなみに300円。

「む。おいしい。」

疲れた身体にじんわり甘さが流れ込んでくるよう。敢えて言うならもう少し黒糖が強くても良かった・・・・。

海を眺めながら車を走らせること1時間弱。目的地の「熊野速玉大社」に到着。

熊野三山の最後の大社だからだろうか無料駐車場に停め、デジカメ片手に嬉々としながら進む。

熊野速玉大社
熊野速玉大社は熊野三山の一つ。
熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(または熊野結大神(くまのむすびのおおかみ))の2神は神倉山に祀られていた。
しかし、現在地に遷されたため神倉山の古宮に対し、ここを新宮と呼ぶようになった。
新宮では熊野速玉大神・熊野夫須美大神の2柱を主神としている。
また速玉が男神で結が女神ということで、夫婦神と考えられていたようで、もとは一社殿に祀られていた。

<PM03:40 熊野速玉大社 神門>

人はまばらだがガヤガヤしているよりは遥かにマシ。早速、社殿に入り拝殿で無事に帰れるようにお願いする。


<PM03:50 左:拝殿 右:鈴門>

ここで最後の速玉の熊野牛王神符を購入。

<速玉の熊野牛王神符>

ちょっと感動。これで三大社全ての熊野牛王神符が揃った。この旅行の3分の1くらい、これが目的だったもので。

表参道沿いに梛(なぎ)の大樹が植えてある。

梛の大樹
樹齢1000年の大樹。
平安末期に熊野三山造営奉行を務めた平重盛の手植えと伝えられる。
梛としては日本最大で国の天然記念物に指定されている。
また、ナギは熊野権現の御神木で、その葉は笠などにかざすことで魔除けとなり、 帰りの道中を守護してくれるものとされている。

<PM04:00 熊野速玉大社 梛の大樹>

次に「神倉神社」へ行くことにする。「熊野速玉大社」にあった絵の地図を見ると随分近そうだ。

おかしい・・・・。周りを少し歩くが全く見当たらない。

車に乗り込みナビで調べて移動するが、やはり見当たらない!WHY!?なぜ!?

仕方がないので車を停め地元の人らしき人に聞いてみて漸く分かった。住宅街にそれは鎮座していた。

「こんなもん分かるか〜!!!」

ちゃぶ台あったらひっくり返してるよ。ブツクサ言いながら到着。

神倉神社

熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社となっており、神倉山に鎮座している。
神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるという。
この時、山の荒ぶる神の毒気にあてられ、気を失ってしまう。
そこへ天照大神の子孫の高倉下命(たかくらじのみこと)から神剣(建御雷の神より授かる)を得て、天皇も兵士も目覚め、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、熊野・大和を制圧したとされている。
熊野三所大神がどこよりも最初に降臨したのはこの地であるため、そのことから熊野根本神蔵権現とも称される。

<PM04:30 神倉神社 参道(?)>

「また山か・・・・。」

思わずため息が出てしまった。しかも今までの階段で一番急角度。これは気を引き締めないと危険だ。転げ落ちたら絶対死ぬな。

そんなわけで上っている最中は気が抜けない抜けない。高所恐怖症の人は無理だろうな〜て考えがよぎった。さらに、上りよりも下りの方がもっと危険かも、という考えも・・・・。

<PM04:45 神倉神社 拝殿(?)>

とんでもなくでかい。ただただ圧倒されるばかりか、恐怖すら覚えた。

振り向くと新宮市街と熊野灘が一望できる。

「上ったな〜、おれ。建物ちっちゃ!」

<PM04:45 神倉神社 新宮市街>

・・・・感傷に浸る。

ゴトビキ岩
鳥居の向こうに一枚岩の岩盤があり、その上に数個の巨岩がと腰を下ろしている。
その巨岩群が神倉神社の御神体であるゴトビキ岩。
ゴトビキとは熊野地方での方言でヒキガエルのこと、大きな巨岩の形がヒキガエルに似ているからだそうだ。

17時を過ぎていたので名物めはり寿司を食べることにした。

めはり寿司
地元(南紀州)産の高菜漬けの葉でご飯を包んだおにぎりのようなもの。
昔は農家の方のお弁当代わりだったそうだ。
ひとつひとつが大きいため、目を見張るほど口を大きくして食べたからとか、目を見張るほど美味しいからといったことが名前の由来となっている。

「神倉神社」から車を走らせ、15分かからない所に総本家めはりやがある。

入ってみると地元の人らしき人が2人。お店の人は感じの良い対応をしてくれた。

<PM05:20 総本家めはりや めはり定食A>

めはり寿司自体は味が少し濃い目だったがおいしかった。とろろを付けて食べるとまろやかになり、これもおいしい。ちなみに1100円。

最後に帰り道となる国道42号沿いにある名所を観ながら帰ることにする。

30分ほど車を走らせると左に巨岩が見える。この岩が「花の窟神社」の御神体。

<PM05:50 花の窟神社 花の窟>

時間が18時近かったためかすかに暗くなってきたが、そんなことはお構いなし。

木に囲まれ、鬱蒼とした参道が続くかと思いきや、急に開けた場所に出る。

その開けたところに伊弉冊尊(イザナミノミコト)の墓軻遇突智尊(カグツチノミコト)の墓がある。

ん? カグツチ? 舞-HiMEのチャイルドにいたな、そんな名前。

と、アホなことを思ってしまった。

<PM06:00 花の窟神社 伊弉冊尊の墓>

花の窟神社
伊弉冊尊(イザナミノミコト)は夫の伊弉諾尊(イザナギノミコト)と日本の国土を生み、数々の神々を生んだ母のような神様。
そして、その伊弉冊尊は最後に火の神である軻遇突智尊(カグツチノミコト)を生み落とし、陰部を焼かれて死んでしまうが、その伊弉冊尊を葬った場所がこの花の窟だとされている。
さらに、花の窟神社には、伊弉冊尊の墓とともに、妻の死に逆上した伊弉諾尊に斬り殺された軻遇突智尊の墓もある。
また、花の窟神社には社殿はない。

次の名所「獅子岩」は道路沿いにあると思い駐車する場所は無いだろうと考え、車は駐車したまま歩いて行くことにした。

名勝天然記念物に指定され、世界遺産にも登録されている「獅子岩」

<PM06:10 獅子岩>

「獅子か・・・。 鷲とか鷹ならまだ分かるけど、獅子ねぇ・・・・。」

獅子には見えませんでした。

徐々に暗くなってきたので、急ぐことにする。この旅行、最後の観光「鬼ケ城」へ!

鬼ケ城
「鬼ケ城」は国の名勝天然記念物に指定され、世界遺産にも登録されている。
「鬼ケ城」は海風蝕と大地震で隆起した凝灰岩の大岸壁。海沿いに無数の洞窟が階段状に並び、奇岩奇勝で知られる名勝である。
また、桓武天皇(737〜806)の頃、この地に隠れて熊野の海を荒らし、鬼と恐れられた海賊多娥丸(たがまる)を、坂上田村麻呂(751〜811)が征伐した。その伝説に基づいて鬼の岩屋と呼ばれたが、後に鬼ケ城といわれるようになった。

そんなわけで観に行ったのは良いのだが、自分でも何を血迷ったのか丘の頂上にある「鬼ケ城城跡(展望台)」に行ってしまった。

いや、登っている最中になんかおかしいなとは思ったんですよ?

でも半分以上登ってしまったし、もしかしたらこの先に海に出る道があるんじゃないかと思ったわけですよ。

えー、えー。

そりゃぁ、もうゼエゼエ・・・ハアハア・・・。

てかもう時間も無いし、ほんとに海に出るのか!? ていう焦りから途中からもうダッシュで登りましたよ。

いや、登ったていうより文字通り駆け上がりましたね。

で、汗だくになって着いたら不安的中。

海には程遠い。

<PM06:30 鬼ケ城城跡(展望台)>

「いや〜。見晴らし良いな〜。

感傷に浸る暇なく、ダッシュで下山!!よく足を挫かなかったな、おれ。

ものの10分で下山。滝のような汗の状態で案内図を良く見てみると、丘なんて登る必要は全くなかった。

もちろんこんな時間だから人っ子一人見当たらない。



<鬼ケ城>

一心不乱に写真を撮っていたが、ふと周りを見渡すともちろん自分一人。

結構怖かった。いや、ほんとに。荒れ狂う海鬼が居た場所ジワジワと暗くなっていく周囲

<鬼ケ城から>

考えれば考えるほどぞくぞくしてきた。あまり奥まで進むと足場の悪い箇所があり、明かりも無いので早々に撤収。

<PM07:00 鬼ケ城 入り口>

帰り際に後ろを振り向くと、暗くなった状態でこの入り口は恐怖だな・・・・。と感じた。

車の戻ると汗がどっと噴き出した。そんなんで、帰り道に温泉に浸かってから高速に乗ることにした。

汗で気持ち悪いことこの上ない!!

国道42号を延々と走らせて漸く「きいながしま古里温泉」を発見。

駐車場に停め準備をしていたら、走ってくるおばさんが一言。

「すみません。受付は20時までなんです。」

時計を見る。

現在20時15分・・・・。

ショック極まりない!!(←どんな日本語だ

結局「きいながしま古里温泉」の人にまだ開いている日帰り温泉を聞くと、「ゆーゆー館」という場所があるらしい。

行くと健康ランド見たいな感じで、人がわんさか。シャワー待ちになるくらい。しかもシャワーの出が悪かったし。orz

22時過ぎに勢和多気ICから高速に乗る。家に着いたのが午前4時。

GWなので混んでいると思ったが、一日早いためスイスイ。

走行距離、約1200KM。

ホント楽しかったけど、疲れた。

次は何処に行こうかな・・・・・・・・。

・・・・・で、この旅行を振り返ってみると、補陀落寺(ふだらくじ)の補陀落渡海船(復元)を観忘れ!はたまた、さんま寿司!も食べ逃すという大失態に終わっていた。

次回、行く機会があったらいの一番に行こう。

さらに、思ったこと。

「一人旅ってもっとのんびり過ごすものだと思ってた。 それ以前に、おれ、予定詰め過ぎ!」

なんて・・・・・・。

おわり

一日目 二日目

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